恭賀新年

2015年1月15日
 あけましておめでとうございます。今年は寒さ厳しい曇り空で元日を迎えましたが、皆様、お元気で新たな年への期待に胸ふくらませたことと思います。
 ここ追悼平和祈念館では元日にめでたいできごとがありました。1月1日11時半前後に今年度の入館者が10万人を超えたのです。昨年度の10万人達成は1月28日でしたので、順調にいくと3月末にはこれまで最高の入館者数を記録することは間違いないでしょう。追悼平和祈念館に関与していただいている多くの皆様のお陰だと感謝しています。
 さて、今年は被爆70周年という節目の年にあたります。戦後の経過に過ぎないといえばそれまでですが、私は大きな意味があると思います。若者への伝達が重要となる中、被爆体験の継承について改めて皆で考える年となるでしょう。その手法は様々だと思いますが、将来、どのようにして継承されているだろうかということを常に思い描きながらより良い継承の方法が見いだせればと思います。
 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の目的には「原爆死没者の追悼」ということが明記されています。もっとも大切な追悼平和祈念館の目的のひとつです。そこで今、祈念館で継続して行われていることがありますのでご紹介しましょう。
 昨年後半から毎週金曜日に長崎の「お手玉の会」のお声掛けで「長崎原子爆弾被爆者対策協議会」のお力をいただいて多くの被爆者が来館されています。長崎の原爆死没者名簿は当館の追悼空間名簿棚に奉安されています。しかし、まだ、多くの被爆者の方々はその場所を見たことがないそうです。そこで前述の団体の方が被爆者を引率されて来館されるようになったのです。皆様、名簿棚とご遺影の登録コーナーを見学されて未来永劫ここに奉安されることを知り安堵の表情を浮かべられます。「早速、子供に言うとかんば。」といわれる方も多くいらっしゃいます。このイベントは追悼平和祈念館の重要なあるべき姿のひとつです。企画された関係者には敬意を表するとともに感謝いたします。
 被爆された方々のみならず多くの市民の方々にご来館をいただき追悼の誠をささげていただければ70周年の意味合いも深まり、追悼平和祈念館として重要な役目を果たすことができるのではないかと思います。今年は戦後70年でもあります。いつまでも戦後でありますように。
 今年は羊年です。2年前の原爆展開催都市ニュージーランドのオークランドの羊たちからの新年のあいさつが届きました。

広島で平和の祈り二胡演奏

2014年12月10日
 11月29日、30日の二日間広島市に二胡の演奏に行きました。長崎と広島は来年、姉妹都市提携50周年を迎えます。市民同士の交流はますます盛んになると思いますが、私たちも広島演奏旅行を計画したのです。
 今春、広島在住の長崎原爆被爆者沖西素子さんの体験収録に祈念館の担当職員が広島を訪問しました。その際にお互いが五島の奈良尾ゆかりだったこと、お嬢さんである沖西慶子さんが被爆二世として伝承者活動を行っており長崎にもたびたびヴィオラの演奏で訪問されていることなどが分かりました。後日、沖西様親子が追悼平和祈念館を訪れる機会があり私がご案内したのです。すると慶子さんは西城山小の私の後輩になることがわかりました。奇遇な縁なので我々の二胡愛好会の活動をお話しする中で相互の音楽交流の話に発展していきました。まず、沖西さんのガルボ(デュオ)が8月9日の午後、祈念館ラウンジにおいて二胡愛好会と交流演奏をし、その後、市役所二胡愛好会が広島を訪ねることになりました。
 29日はまず、「原爆養護ホーム倉掛のぞみ園」での慰問演奏から始まりました。早朝、長崎を発ち2時からの演奏にぎりぎり間に合いましたが、直接本番でした。「北国の春」「折鶴」「長崎の鐘」など10曲演奏しました。入所者の皆さんは二胡に合わせて歌ってくれましたし、手拍子も入り、見慣れない楽器を楽しまれた様子でした。引き続き、広島市内の「音楽茶房78」でガルボと合奏で「長崎の鐘」などを演奏しました。
 翌朝はいよいよ、原爆ドームを前に親水ステージでの演奏です。寒風が吹く中、まずは原爆死没者慰霊碑に追悼の祈りを捧げ、追悼平和祈念館の外観を観て(まだ、開館前でした)演奏の準備にかかりました。9時から演奏開始。青い空と静かな川面に包まれて平和を祈念する曲を奏でました。国内外の観光客が足を止めてくれ、拍手もいただきました。衣装が派手なオレンジ色のせいか何事だろうと思った人がほとんどだったと思いますが、二胡の優しい音色に魅了された人たちも多かったのではないかと手前勝手に思った次第です。
 三回の演奏は慰問、交流、追悼と意味合いは異なりましたが、どれも大切な演奏でした。小さなボランティアと思い出かけて行ったのですが、広島の多くの人たちの素晴らしい反響を受けた時に来てよかったなあと思いました。色んな形の表現がありますが、被爆体験の継承は若い人たちに委ねていくことになると思います。このような音楽を通しての平和交流は多くの人が容易に馴染める方法でしょう。
 参加した全員、満足しながらの帰崎でしたが車中後半は安心と気持ち良い疲れで爆睡してしまいました。

追悼空間に白い菊

2014年11月6日
 この秋の長崎は、45年ぶりの国体開催(がんばらんば国体)と障害者スポーツ大会(がんばらんば大会)が開催され、全国から多くの人たちが長崎を訪れました。参加選手はもとよりその応援のための家族や友人などで長崎は毎日が全国区でした。
 そのような中でここ追悼平和祈念館にも多くの人たちの入館がありました。私は幾度も追悼空間を案内し、原爆死没者への哀悼の祈りをお願いしたところ、皆様が心からの祈りを捧げてくださり感銘しました。開催中には開会式、閉会式にお成りになられた皇族をお迎えしました。天皇皇后両陛下におかれては原爆落下中心地に献花されました。私も送迎の恩恵に浴することができました。追悼平和祈念館には秋篠宮殿下、妃殿下さらに高円宮妃殿下がご来館され死没者名簿に追悼の誠を捧げていただきました。それぞれ中心碑に献花された白い花束は暫くして追悼平和祈念館の追悼空間名簿棚前に捧げお守りした次第です。165,409人の原爆死没者への手向けのお花(白い菊)は1週間以上も枯れることなく献花台の上に安置されていました。

8月29日(金)黙祷をお願いします。

2014年8月27日
 最近は日本各地で集中豪雨が多発しています。多くの方が犠牲になり言葉に表せない悲しみが日本全土を覆っているような気がします。長崎大水害を経験した私たちは他人のこととは思えません。自然に立ち向かうことには限度があります。人災にならないように普段からの心構えが必要です。最近、地球環境の悪化に伴い災害が頻発しています。
 環境を破壊する最大の人災は「核兵器の使用」ですね。なかなか「核兵器のない世界の実現」への取り組みは進みません。しかし、核兵器廃絶に向けて不断の努力は続けていかなくてはなりません。
 来る8月29日(金)は1991年にカザフスタンが核実験場を廃止した記念の日です。セミパラチンスク(現在セメイ市)では過去456回の核実験が行われ150万人もの人々が病気または亡くなったそうです。この日は国連が「核実験に反対する国際デー」と定めています。そして世界中に1分間の黙祷を呼びかけています。時間は8月29日(金)11時5分です。この時刻は時計の針がVを示すことから、世界における核軍縮の勝利への願いが込められているそうです。
 今、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館はカザフスタンで原爆展(アスタナ市、セメイ市、アルマティ市)を開催していますが、8月29日から9月3日までは時を合わせてセメイ市で開催します。国際デーに参集した世界の多くの人々にも長崎・広島の被爆の実相が伝えられ恒久平和への思いが深まることと思います。
 来る29日(金)11時5分、多くの方々が黙祷されることを願ってやみません。

※添付写真は被曝者慰霊塔「死よりも強し」モニュメントです。

カザフは素晴らしい国でした。

2014年8月12日
 今日でカザフでの活動が全て終わりました。美しい国で被爆の実相を伝え、多くの若者と話し合えたことは素晴らしい体験でした。この国の人々は日本の人々と通じ合える心を持っています。
 カザフの山と街の景色を送ります。最後の体験講話もよかったです。機会があればカザフを訪ねてみてはいかがですか。

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