映画「疎開した40万冊の図書」を観て

2014年5月20日
 昨日、お誘いがあり、「疎開した40万冊の図書」の試写会に行きました。第二次世界大戦の末期に空襲の戦火から図書を守ろうと東京日比谷図書館の館長の指揮のもと約40万冊もの蔵書を50キロ離れた奥多摩や埼玉の志木の土蔵まで運び疎開させたドキュメンタリーでした。私も日比谷図書館に隣接する東京市政会館で働いていましたので、日比谷図書館を利用しており懐かしさも手伝っての映画鑑賞でした。
 映画の中ではイラク戦争の中で3万冊の本が守られたこと、原発事故で放置された飯館村の5万6千冊の本のこと、8万冊の蔵書が流出した陸前高田市立図書館のことも取り上げられていました。本を守ることは文化を守るだけではなく、ひとの心をも守るのです。  
追悼平和祈念館には4万5千人の被爆体験記があります。そのうち3万6千人の方の体験記は直筆の記録です。未来までしっかりと引き継いでいかなければならない歴史的資料です。追悼平和祈念館に勤める者として貴重な資料の保存管理という使命に改めて心が引き締まりました。
 今、当館では体験記から抜粋したものを読みやすいように展示公開しています。また、朗読ボランティア「永遠の会(とわのかい)」の皆様には体験記の朗読活動を実施していただいています。単に図書を保管するのみではなく、体験を保管継承するためにしっかりと頑張ります。多くの方のご来館お待ちしています。
(参考:「疎開した40万冊の図書」長崎上映会は7月21日に市民会館で開催されるそうです。詳しくは事務局095-824-2974長崎県映画センターにお尋ねください。)

  • 体験記企画展「数行の憶い」

    体験記企画展「数行の憶い」

  • 朗読会「数行の憶い」

    朗読会「数行の憶い」

昨年度の追悼平和祈念館入館者が大幅に増加

2014年4月2日
 桜花爛漫の追悼平和祈念館周辺は桜の花と新緑のコントラストが美しく、多くの観光客が花々にカメラを向けています。特に海外の観光客はまさに日本の春を象徴する美しい風景に遭遇し、旅の疲れも吹き飛んで笑顔に溢れています。ここ平和の丘にふさわしい春模様です。
 さて、25年度も終わり新年度を迎えました。昨年の7月に開館10周年を迎えた追悼平和祈念館は11月には通算入館者が100万人を超えました。さらに25年度の入館者は3月末には11万5785人に達しこれまで最高の9万9千人をはるかに超えました。少しずつ追悼平和祈念館の認知度が高まっているのを感じます。平和を願う多くの人たちの支えの賜物であり感謝に堪えません。
 今年はいよいよ国体が開催されます。スポーツ・文化は平和の上に成り立つものであり、被爆都市長崎にとっては非常に重要な大会であると思います。たくさんの方がここ平和の丘に立ち被爆の実相を知り平和のありがたさを実感していただきたいと思います。
 国内外からの来訪者の皆様方を原爆資料館とともに心からおもてなししたいと思います。今年度もよろしくお願いいたします。

  • 原爆落下中心地の下の川沿いの桜です。

    原爆落下中心地の下の川沿いの桜です。

ニュージーランドの長崎

2014年2月26日
  • オークランドの被爆クスノキ

    オークランドの被爆クスノキ

  • ウエリントン・ピースフレイム原爆の灯

    ウエリントン・ピースフレイム原爆の灯

 昨年、暮れ以来の館長だよりです。祈念館のネットワーク環境が不具合を生じたためにその修復のために「館長だより」を掲載することができませんでした。祈念館のホームページにアクセスをいただいた多くの皆様には申し訳なく思っています。3か月ほどの間にはいろいろとお話ししたいこともあったのです。たとえば、追悼平和祈念館の入館者が順調に伸びて、今年の1月末に年間(年度)10万人を超えました。実は開館以来、なかなか10万人の大台を超えることはなかったのでうれしい出来事でした。また、被爆者の体験記録の企画展「数行の憶い(おもい)」を開催することができました。これらは新聞などでご存知の方も多いと思います。そこで今日はまだ皆様にはお伝えしていないことを書きたいと思います。
 祈念館では毎年1か国で「海外原爆展」を開催しています。同時に被爆体験者の体験講話を原爆展開催国の数か所で開催してきました。今年度は南半球のニュージーランドのオークランドとウエリントンで開催し、多くの方に長崎、広島の被爆の実相を伝えてまいりました。ニュージーランドはご承知の通り核兵器廃絶のリーダー的役割を果たしている国で、昨年の10月21日第68回国連総会第1委員会「核兵器の人道的結果に関する共同声明」の提案国でした。それを受けて我が国もその声明に名を連ねたのです。その時の提案者はデル・ヒギー・ニュージーランド大使でした。(この方は外務省の代表として原爆展開会式に出席されました。)
 ニュージーランドでは核兵器廃絶を国の大きな政策指針としていることを背景に原爆展は昨年11月19日から12月12日までオークランド、今年1月24日から2月9日までウエリントンで開催いたしました。その両市に長崎の原爆を如実に示す記念すべき場所があったのです。ひとつはオークランド戦争博物館近くの「長崎被爆クスノキ」そしてひとつはウエリントン植物園の中の「広島長崎平和の灯(石燈籠の中で炎が灯っている)」でした。クスノキは伊藤市長が種子を送りオークランド市長がその苗を植樹し5mほどの樹高に成長していました。碑文にも「長崎」の名がしっかりと記されていました。また、平和の灯はウエリントン植物園内の和風庭園の滝の前にあり「ピースフレイム」として絶えることなく炎が揺らいでいました。この二つに遭遇でき、「長崎」が広島とともに平和を発信する使命を持った世界都市なのだなと思いました。本当に遠い旅でしたが、原爆展の開催、被爆者の方の体験講話に加えて素晴らしい経験をしました。まだまだ、長崎広島の被爆の実相を知らない人々は世界中にたくさんいます。我々長崎市民の果たす役目は終わりがないように思いました。

ノーベル賞制定記念日にノーベル賞受賞者来館

2013年12月2日
本当に驚きました。11月27日にノーベル生理学・医学賞受章者のジェームス・ワトソン博士(写真前列右)が来館されました。
奥様もご一緒に追悼空間で追悼していただきました。その後、館長室でコーヒーを差し上げるとホットされた様子でした。長崎で最も印象に残ったことをお聞きしたら、「長崎の復興」と言われました。
そのあとで分かったのですが、11月27日はノーベル賞制定記念日だったのです。1895年のことです。偶然でしょうが、本当にタイミングよく、100万人入館の節目にふさわしい出来事でした。博士は長崎大学の招きで初めての来崎だったそうです。
ちなみにノーベル賞を受賞されたのはワトソン博士が24歳の時。「二重らせん構造の発見」で他2博士とともに受賞されました。

お礼

2013年11月6日
先月は大変うれしい月になりました。月の入館者が14,453人と開館以来月最高の入館者数を更新しました。国際映画フォーラムや体験記企画展などの催事もありましたが、修学旅行の子供たちが大勢、追悼空間で祈りをささげてくれたのも大きな要因です。
 今年は開館10年目に当たりますが、年度中には通算100万人の入館者達成を目標に館の運営に当たりました。多くの市民や県外、海外からのお客様も増えてきたように思います。追悼の誠をささげる場としての認知度が高まってきたのでしょう。平和案内人の皆様をはじめ、多くの長崎市民の方々にお客様を案内していただいています。被爆者の体験やその証言は歴史の遺産です。ここ祈念館の役割は増すばかりです。
 さて、来年明けての100万人達成かなと予想をしていましたが、なんと今月末にも達成しそうな雰囲気になってきました。今、そのためのイベント企画に職員皆で取り組み始めました。私がと思われる方はどうぞおいでください。(あくまでも追悼目的ですよ)
 一人ひとりの皆様の真心の積み重ねが結果として100万人という大きな数字になりました。これからも、多くの方々のご来館を期待するとともに、ますます世界恒久平和に向かって職員一同頑張りたいと思います。
 皆様に心から感謝申し上げます。100万人達成の折には「館長だより」でご報告させていただきます。

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